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メッセージ from ひとみみのる


新年継続堅持信念(新年維持研二的信念)!

2013年1月6日、昨夜遅く日本へ戻ってきました。この数年風邪などひかなかったのですが、飛行場に付くと咳が出てきて、結局朝方まで続き今日は寝た気がしません。何が何でもこの日に帰国しないと、今日から始まる2月の舞台に間に合いません。本当は今頃風邪どころではないのです。2月11日の京都公演が終わってからゆっくり風邪でもひこうと思っていたのですが。

ところで、2013年1月5日夕方16:57北京の自宅に、澤田研二からメールがあり、「明日、6日(2013年1月)、渋谷公会堂の沢田研二ライブにて2013年ザタイガースのライブスケジュールを告知致しますので、ご承知おき、ご了承下さいますよう宜しくお願い致します」と。
この件については、すでに(岸部四郎も同意)みんなで合意済みのことでありましたので。僕は
「告知了解しました。明日帰国するので、コンサートには伺えませんが、今年もよろしく」
という返信メールを即日6日深夜23:51に出しました。
以下のようなやり取りが、澤田を中心としたメンバー間にあって、みなさん大変長らくお待たせしましたが、ついに12月から、回数はあまり多くはありませんが、加橋かつみも交えオリジナルメンバーの再結成が実現の運びになりました。
ここで、みなさんに改めてお知らせいたします。どうぞツアーが成功するようにともに祈ってくださいませ。ご支援よろしくお願い申し上げます。

いや、僕は本当に疲れています。今日の散歩は靴が片方ずつ別のを履いて出かけ、散歩の終わりにやっと気づきました。というのもまったく隔靴掻痒、靴痛でなかったもので。
先日も、昨年12月24日大阪の姉の家に泊まり、翌日歯磨クリームと洗顔クリームを間違えて、苦い思いをしました。洗顔メーカーにはもう少しうまいクリームを作っていただきたいものです。そう思いませんか。まったくそうは思いませんよね。
実は前回宿泊した時も同じことをしたのでした。まったくいやになってしまいます。何分一夜のことでも、四苦八苦(宿泊)しますね。

[photo] 北京から帰国 >>

2013年1月7日

新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

皆様、新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。
現在北京に居ります。まことにおめでたい時ではありますが、僕にとっての新年はこの2月8日に始まる芝居と講演の二部構成からなる公演が終わらなければ気分的には来ないものと思っております。日本で年明け間もなく、その稽古が始まります。今日はその二部構成の後半の講演内容をやっと整理ししたところです。勿論その後一部前半の劇の台詞を覚える予定でもあります。
この2月はまさしく一年で最も寒い時期、今年は丁度この公演日辺りが中国の春節に当たります。すでにこちらの厳寒はもう冬の玄関を通り抜け奥座敷に入っていて、アップしました写真のような出で立ちで散歩に出かけています。その散歩の際、今回はなんと珍しくもう数曲メロディーが出来ました。
詞はまだです。その内皆さんにも聞いていただけたら嬉しく思います。ただ、何時になりますやら?期待しないでお待ちください。
まずは、皆さんにとって今年が去年より素晴らしいものになるよう祈っております。

[photo] 厳寒の北京 >>

厳寒の北京より 瞳みのる
2013年1月元旦

中国『さるカニの話』

「上海蟹」(阳澄湖大闸蟹Yángchénghú dàzháxiè)
皆様今日は、僕は今北京におります。今回は11月新譜「同学」・「晩秋」及び新刊書「老虎再来」のPRのためにやって来ました。当地はすでに厳寒で、その寒さは東京の冬の玄関程度を遥かに超えて家の中まで入って来ています。
今回は季節柄「上海蟹」の話をさせてください。
『猿蟹合戦』の猿ではなく、さるカニの話で、このカニは中国では大変好まれて食されていますが、カニの生態系を乱す外来種として、アメリカやヨーロッパでは問題になっています。
この種のカニは中国の揚子江流域を中心に、遼寧省から広東省まで、広い地域の河に、また朝鮮半島にも分布しています。
産地で最も有名なのは江蘇省蘇州の「陽澄湖」(ようちょうこ)で、また上海市内では長江の中にある崇明島(崇明県)が大規模な産地として知られています。一般に「上海蟹」と呼ばれますが、「チュウゴクモクズガニ」のことで、日本でも、特に秋田、山形などで獲れますが、同類異種だそうです。
陰暦9月から雌、10月から雄が美味とされます。
一般に「上海蟹」と名乗って売っていますが、何でも2,000屯程度しか漁獲高がないにも関わらず、20倍の40,000屯も出荷され、中国ではよくあるそのほとんどが偽ブランドということになるそうです。上海辺りではカニを養殖販売して、いわゆる「カニ御殿」を建てた漁民も多いそうです。
随分以前から問題になっていましたが、カニの養殖のために、成長促進ホルモンや、病気を予防するために、クロラムフェニコールやオキシテトラサイクリンなどの抗生物質が与えられることが多いそうです。
そんななことは承知していても、この時期の上海蟹は美味いですね。これで熱燗の紹興酒で一杯やればこの季節後は何もいらないですね。ところで、ただ今お話しましたように、素性のわからないカニを食べるのはやはり心配です。そこでこの地の産を証明するタグがそれぞれのカニの足につけられているのを食べるのが目安になります。今目安といいましたが、これにも偽タグがあるので、本当なのかわからないという恐れがあります。
そこで、僕の場合は、このカニを食べる店としては、信用の置けるレストランに限ります。それではそれをどのように選ぶかと言えば、そのようなレストランはチェーン店を世界各地に持つような店を選びます。つまり、もしインチキをして摘発されたならば、その分店のみならずすべての当該系列店に影響が出て、信用が失墜することになり、以後客から疑惑の店ということでレッテルを張られるので、そのようにならないためにそのような不正はやりにくくなるというわけです。
今回カニの時期としては、すでに雄の時期になっていましたが、やはり子持ちの雌を食べたくなり、大奮発してつがい(一対)で食べました。今回はすでに12月ではありましたが、ともにかなり満足できるものでした。その店ではひとつがいが370元(一元12月6日現在、13・25円ですから凡そ4900円)で、個別に頼めば雌の方が雄よりも高くつきます。
今回も行った店ですが、年中メニューにある「蟹黄小籠包」(カニ味噌入りショウロンポー)もこの時期はすごく美味く感じました。何個でも食べられます。ただ、肉汁が入っていて食べるときにその汁を洩らさないようにして、すするわけですが、蒸したてのものは中が極めて高温になっていますから火傷をしないように気を付ける必要があります。このように言うのも食べ焦って何度も火傷をしたからです。
因みにこの店は台北に本店があり、なんでもミシェランの星を得ているとのことです。その星はともかくとしても、僕の好きな店でもあり、北京にいるときは月に一度は行きます。香港、上海、東京等にも支店があります。
そうそう、別にこの店の宣伝をするために今回は北京へ来たのでありません。新曲のPRに来たのでした。皆様どうぞよろしくお願します。

[photo] 上海蟹 >>

2012年12月6日 北京にて 

ザ・タイガース オリジナルフルメンバーによる12月のツアーにつきまして、現時点でチケットの販売等の詳細は未定でございます。5月中旬以降、決定次第お知らせさせていただきます。ご了承くださいますようお願いします。


「トイレ」の文化人類学的考察(現代トイレ事情)

浦島太郎もびっくり、竜宮城で別れた乙姫さんとトイレで再会

先日(といってももう先々月の9月のことなんですが)ある出版社(祥伝社)に仕事で行きトイレへ行ったときのことを書きます。
この会社のトイレには、どこでも見かける男子専用の朝顔型の立ったまま用をたす男子専用の便器はないのです。すべて個室になっていて扉が付いています。ただ扉を開けたままにして施錠しなくても、立ったままでも腰かけて使用してもよいのです。もちろん使用する人の自由です。
だが、見ていますと使用する人は大小にかかわらずドアーを閉めて個室を占めるようでした。
このビルは雑居ビルではあるのですが、この会社はある階のワンフロアーすべてを事務所として使っています。でも、聞くところによりますと、その他別の会社の各フロワーもトイレの仕様は同じだとのことでした。
また、この会社にはもちろん来客もやって来るのですが、男子の来客は社員からトイレを教えられても、よく見かける男子専用の便器がなく、一旦入ってまた出てきて、入りなおすことがよくあるとのことでした。つまり、個室ばかりだから、女子トイレに間違って入ったと思うのです。
僕だってこれとは別ですが、実際にトイレの男女別の標識をうっかり見間違えて女子トイレに入って、男子専用の便器がなくおかしいと気づいたときには、すでに遅く中の女性たちに痴漢に間違えられたこともありました。ときどき男子トイレの男女別の表記があいまいで急いでいるときは勘違いすることってよくありますよね。殿方の皆さん。ありませんか。
このトイレには各室には男子トイレにもかかわらず「オトヒメ」さんがいて助けてくれ用をたす際、特に「大」の場合自分の恥ずかしい音を人に聞かれず、堂々と放屁、放便いや脱糞できるのです。本当に「便利」で「利便」性があるというものです。嘘も「方便」といいますが、放出時の音をカモフラージュするに最適というわけです。
いやいやそのオトヒメさまの存在はかねて聞いていましたが、まさか男子トイレにまであるとは思いもよりませんでした。このビルは男子トイレがすべて個室で、しかもすべて「乙姫様?」が付き合ってくれるのですから世の中の親切もここに極まれりといった感があります。
しかし翻って思いますに、日本以外にこのようなトイレは世界に存在するのでしょうか。きっと恐らく存在しないでしょう。つまりこれは日本で発達した「恥」の文化の集大成ではないでしょうか。そのうちこれらのことも一向に珍しくなくなる「羞恥」の事実、「衆知」の結晶、いや「周知」の事実になる日もそう遠くないかもしれません。普及とまでは行っていませんが、現にここで見られたわけですから。
ともかくも、文や写真だけでなく、実際にスタジオで録音したのではない「トイレオトイレした」音も聞いてください。

[photo] 現代トイレ事情 >>

2012年11月30日 記

中国『さるカニの話』

「上海蟹」(阳澄湖大闸蟹Yángchénghú dàzháxiè)
皆様今日は、僕は今北京におります。今回は11月新譜「同学」・「晩秋」及び新刊書「老虎再来」のPRのためにやって来ました。当地はすでに厳寒で、その寒さは東京の冬の玄関程度を遥かに超えて家の中まで入って来ています。
今回は季節柄「上海蟹」の話をさせてください。
『猿蟹合戦』の猿ではなく、さるカニの話で、このカニは中国では大変好まれて食されていますが、カニの生態系を乱す外来種として、アメリカやヨーロッパでは問題になっています。
この種のカニは中国の揚子江流域を中心に、遼寧省から広東省まで、広い地域の河に、また朝鮮半島にも分布しています。
産地で最も有名なのは江蘇省蘇州の「陽澄湖」(ようちょうこ)で、また上海市内では長江の中にある崇明島(崇明県)が大規模な産地として知られています。一般に「上海蟹」と呼ばれますが、「チュウゴクモクズガニ」のことで、日本でも、特に秋田、山形などで獲れますが、同類異種だそうです。
陰暦9月から雌、10月から雄が美味とされます。
一般に「上海蟹」と名乗って売っていますが、何でも2,000屯程度しか漁獲高がないにも関わらず、20倍の400,000屯も出荷され、中国ではよくあるそのほとんどが偽ブランドということになるそうです。上海辺りではカニを養殖販売して、いわゆる「カニ御殿」を建てた漁民も多いそうです。
随分以前から問題になっていましたが、カニの養殖のために、成長促進ホルモンや、病気を予防するために、クロラムフェニコールやオキシテトラサイクリンなどの抗生物質が与えられることが多いそうです。
そんななことは承知していても、この時期の上海蟹は美味いですね。これで熱燗の紹興酒で一杯やればこの季節後は何もいらないですね。ところで、ただ今お話しましたように、素性のわからないカニを食べるのはやはり心配です。そこでこの地の産を証明するタグがそれぞれのカニの足につけられているのを食べるのが目安になります。今目安といいましたが、これにも偽タグがあるので、本当なのかわからないという恐れがあります。
そこで、僕の場合は、このカニを食べる店としては、信用の置けるレストランに限ります。それではそれをどのように選ぶかと言えば、そのようなレストランはチェーン店を世界各地に持つような店を選びます。つまり、もしインチキをして摘発されたならば、その分店のみならずすべての当該系列店に影響が出て、信用が失墜することになり、以後客から疑惑の店ということでレッテルを張られるので、そのようにならないためにそのような不正はやりにくくなるというわけです。
今回カニの時期としては、すでに雄の時期になっていましたが、やはり子持ちの雌を食べたくなり、大奮発してつがい(一対)で食べました。今回はすでに12月ではありましたが、ともにかなり満足できるものでした。その店ではひとつがいが370元(一元12月6日現在、13・25円ですから凡そ4900円)で、個別に頼めば雌の方が雄よりも高くつきます。
今回も行った店ですが、年中メニューにある「蟹黄小籠包」(カニ味噌入りショウロンポー)もこの時期はすごく美味く感じました。何個でも食べられます。ただ、肉汁が入っていて食べるときにその汁を洩らさないようにして、すするわけですが、蒸したてのものは中が極めて高温になっていますから火傷をしないように気を付ける必要があります。このように言うのも食べ焦って何度も火傷をしたからです。
因みにこの店は台北に本店があり、なんでもミシェランの星を得ているとのことです。その星はともかくとしても、僕の好きな店でもあり、北京にいるときは月に一度は行きます。香港、上海、東京等にも支店があります。
そうそう、別にこの店の宣伝をするために今回は北京へ来たのでありません。新曲のPRに来たのでした。皆様どうぞよろしくお願します。

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2012年12月6日 北京にて 

「トイレ」の文化人類学的考察(現代トイレ事情)

浦島太郎もびっくり、竜宮城で別れた乙姫さんとトイレで再会

先日(といってももう先々月の9月のことなんですが)ある出版社(祥伝社)に仕事で行きトイレへ行ったときのことを書きます。
この会社のトイレには、どこでも見かける男子専用の朝顔型の立ったまま用をたす男子専用の便器はないのです。すべて個室になっていて扉が付いています。ただ扉を開けたままにして施錠しなくても、立ったままでも腰かけて使用してもよいのです。もちろん使用する人の自由です。
だが、見ていますと使用する人は大小にかかわらずドアーを閉めて個室を占めるようでした。
このビルは雑居ビルではあるのですが、この会社はある階のワンフロアーすべてを事務所として使っています。でも、聞くところによりますと、その他別の会社の各フロワーもトイレの仕様は同じだとのことでした。
また、この会社にはもちろん来客もやって来るのですが、男子の来客は社員からトイレを教えられても、よく見かける男子専用の便器がなく、一旦入ってまた出てきて、入りなおすことがよくあるとのことでした。つまり、個室ばかりだから、女子トイレに間違って入ったと思うのです。
僕だってこれとは別ですが、実際にトイレの男女別の標識をうっかり見間違えて女子トイレに入って、男子専用の便器がなくおかしいと気づいたときには、すでに遅く中の女性たちに痴漢に間違えられたこともありました。ときどき男子トイレの男女別の表記があいまいで急いでいるときは勘違いすることってよくありますよね。殿方の皆さん。ありませんか。
このトイレには各室には男子トイレにもかかわらず「オトヒメ」さんがいて助けてくれ用をたす際、特に「大」の場合自分の恥ずかしい音を人に聞かれず、堂々と放屁、放便いや脱糞できるのです。本当に「便利」で「利便」性があるというものです。嘘も「方便」といいますが、放出時の音をカモフラージュするに最適というわけです。
いやいやそのオトヒメさまの存在はかねて聞いていましたが、まさか男子トイレにまであるとは思いもよりませんでした。このビルは男子トイレがすべて個室で、しかもすべて「乙姫様?」が付き合ってくれるのですから世の中の親切もここに極まれりといった感があります。
しかし翻って思いますに、日本以外にこのようなトイレは世界に存在するのでしょうか。きっと恐らく存在しないでしょう。つまりこれは日本で発達した「恥」の文化の集大成ではないでしょうか。そのうちこれらのことも一向に珍しくなくなる「羞恥」の事実、「衆知」の結晶、いや「周知」の事実になる日もそう遠くないかもしれません。普及とまでは行っていませんが、現にここで見られたわけですから。
ともかくも、文や写真だけでなく、実際にスタジオで録音したのではない「トイレオトイレした」音も聞いてください。

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2012年11月30日 記

中野サンプラザへお出でいただいた皆さまへ

一昨日(11月19日)は「瞳みのると森本太郎のジョイントコンサート」にお出で下さり誠にありがとうございました。
今回は、初めて一人でワンステージで複数の曲を演奏し、かつ歌ったりすることになり、準備段階から大変緊張しましたが、どうやら無事に終えることができました。
これはひとえに、皆様方の熱いご声援とご支援の賜物とありがたく感謝しています。
また今回、時間的あるいは開催場所の関係で、お越しいただけなかった方には、申し訳ありませんでしたが、また次の機会にお目にかかりたいと思っております。どうかよろしくお願い申し上げます。
今回は、このような形では最初の試みでありながら、何とか終わらせることができましたが、次回はさらによいものを目指して行きたいと念願しております。
何だか時節柄、選挙口調になってまいりましたが、今後も引き続き頑張ってまいりますので、よろしく変わらぬご支持をお願い申し上げたく存じます。
あらためて、様々な形でご支援くださった方に心から御礼申し上げます。
ありがとうございました。

秋天の青空の下で
瞳みのる
2012年11月21日 記

季節のご挨拶(携帯トイレ)、三枚目のCD発売のご案内

このところめっきり寒くなり、夜中にトイレに立っのがきわめておっくうに感じますが、皆様は如何ですか。僕は小さいころから夜尿症であったのは寒い夜中トイレに立つのが人並み外れて嫌で、布団の中で寝たまま済ましていたからともいえます。この十年ぐらいは使っていませんが、当時すでにかなり年取っている老人というわけではありませんが、いつも尿瓶を枕元に置いて寝ていました。あれは使い始めるとやめられませんね。
ところで、中国では二階(楼房lóufáng樓房) 建て以外の住宅では、家にトイレがない平屋(píngfáng平房)の家もいまだにあって、トイレは公衆便所で済ますのです。夜間はおまる(马桶mǎtǒng馬桶という便器で、直径高さとも30センチぐらいの木製で蓋が付いて、部屋の隅に常置し、腰かけて用便するのでこのようにいう)を使用したりします。僕からすればこのようなものがあればきっと夜尿症にはならなかったのではないかと思います。こんな携帯トイレがあったなら、あの忌まわしい過去はなく、きっと現在と異なった人生を歩んでいたに違いないでしょう。
でも、もっとも仮にさらに長生きし、寝たきり老人にでもなれば好むと好まざるに関わらずそのお世話にならなければならないのは言うまでもありませんが。
それはさておいても、個人的には三十数年間の早朝から出講した教員生活から解放されて、朝寝ができるのでとても幸せを感じていますが、それでも暖かい布団の中から出るのは誰だって好まないでしょうね。今も朝早くから起きて仕事しなければならない方に対して、申し訳ないと思うと同時に本当に心から同情いたします。
時間の過ぎるのは早いもので、来月はもう今年最後の月、師走になりますが、このところ、11月19日に森本太郎とジョイントライブの練習や自分自身の練習で連日忙しく、朝も日中もゆっくり散歩をしている暇がないくらいです。ついついこのサイトにお便りを載せる間隔が大きく空いて多少とも僕の拙い文章を楽しみにしていただいている方々に大変申し訳なく思っています。どうぞ悪しからず。
また、この11月19日当日、僕の三枚目のCD、「SONG FOR THE CLOSE OF SCHOOL」(旧邦題:「仰げば尊し」で知られていますが)をリリースします。これは世界で初めてアメリカの原曲をCD化したものとなります。大変光栄なことです。このCD化の構想はすでに3、4年前から温めていましたが、いよいよ発売することできるようになりました。ここでは名前を一一挙げませんが、関係各位、またこのような試みを世に問えることとなったのは皆様のご支援の賜物と有難くここに感謝申し上げます。
この一連の楽曲のテーマはこれまで僕のライフワークにしているものです。これからもどうぞ末永くよろしくお願いいたします。

2012年11月17日 記

三枚目のCD「晩秋・同学」 ご購入はこちら >>


北京の雀

またスズメ、スズメで、話は先にスズメませんし、またスズメに関心のない人はウンザリなさるでしょうね。
中国では、解放後「大躍進政策」の一環としての1958年から四害追放運動が大々的に展開され、正式には「除四害(除四害chúsìhài)」運動と呼ばれ、公衆衛生・農業生産に害をもたらす四つの害として、“苍蝇cāngying”(ハエ)、“蚊子wénzi”(カ)“老鼠lǎoshǔ”(ネズミ)、“麻雀máquè”(スズメ)、後には“臭虫chòuchóng”(ナンキンムシ)を指し、これらの撲滅運動が展開されました。

なんでも、スズメについては、スズメを大量に駆除した(北京市だけでも300万人が動員され、3日間で40万羽のスズメを駆除した)ことから、「打麻雀運動」「消滅麻雀運動」とも呼ばれています。
しかし、スズメの駆除は、かえってハエ、カ、イナゴ、ウンカなどの害虫の大量発生を招き、農業生産は大打撃を被りました。スズメは、農作物を食べると同時に害虫となる昆虫類も食べ、特に繁殖期には雛の餌として大量の昆虫を消費しているのです。このような生態系のバランスを無視した結果だったのでした。後にスズメは南京虫に変更され、ソ連から大量のスズメが送られたといわれています。

「打麻雀運動」(打麻雀;マージャンをするの意)とかいうと、亡国の遊戯「麻雀奨励運動」のように、字面からは日本人にとっては見えますね。それでは、どのようにスズメを駆除したかといいますと、老若男女を問わず誰もがバケツやカナダライを家から持ち出し叩き、電線などにとまっているスズメを追い掛け回して、休ませず疲弊死させたそうです。

ナンキンムシについては、子供のころ僕の実家にも家の商売(洋傘・肩掛けの卸)の関係上(加工を任せている内職先からショールのビロードについてくる)たくさんの南京虫がいて、夜な夜な這い出てくる虫たちに血を吸われ、明け方までかゆくて眠れない夏を毎年過ごしたものです。

この「四害」のほかに、今回北京での引っ越しは、結局大家が売却するので追い出されたわけでもあり、さらにドラムの練習で下の住人から苦情が来居づらくなったことも引っ越そうと思った理由でもありますが、いま一つの転居の間接的な理由の一つとしては最近ゴキブリ(蟑螂zhāngláng)がますますでかい面をして日中も堂々と現れ、増加して来たことにもよります。
この次このような駆除運動をしていただけるなら、ゴキブリ一掃もそのスローガンの一項に是非加えていただきたいものです。
もちろん、僕自身は20階建ての15階に住んでいたのですが、風やエレべーターに乗ってカやハエもよく襲来してきました。
「襲来」といえば、「蒙古襲来」で、「猛虎襲来」ではありません。蒙古襲来は漢民族にとっては非常に恐ろしいことで、「元来」という言葉がありますが、中国では本来「元来」と歴代書いてきたのでしたが、「(げん)」が中国に侵攻して以来、元以後の王朝、明朝以後「元」がまたやって来ると嫌なので、「元来」(=「本来」の意味する)語を「原来」に変えたのでした。
そのようであったのですが、現在中国人は「(人民元)」で生活していていて、文字はゲン(験)?を担ぎます。
ちなみに、表記は15階でも実際は12階に部屋がありました。このように書くとそれはおかしいと思われますが、部屋は確かに12階でした。といいますのも、ある種の中国人は特に数字に縁起を担ぐようで、15階の下の4階、13階、14階の各階はなかったのです。
は「四」(si死)を意味することから。でも4は古代中国では縁起のいい数字で「四季發財」、「四海兄弟」、「四方」「四霊」、「四天」などとして使われているくらいです。 
13は欧米でも、この数字は聖書でも特別な意味を持っていて、イエスを裏切った弟子であるユダは、 最後の晩餐で13番目の席についていたとされていますし、また、キリスト教圏の俗信において、処刑されたのが金曜日であるとか、13日の金曜日を題材にした映画が大ヒットをしたなどの影響から不吉の象徴とされています。
日本でも13階段とは戦後の処刑台の階段の段数からきた言葉で、「処刑場」を意味して使われ、後に「絞首刑」「死刑」といった意味でも使われるようになりましたね。
14は同様「4」が付くので外したというわけです。
それでは中国で最も好まれる数字はなにかといいますと、8です。八は「bā」といいますが、音は八と同じく両唇音「fā」に通じ、「fā发」となり「发财fācái」(金儲けをする・金持ちになる)ということで、特別縁起のいい数字として喜ばれ、8ばかりの電話番号、車のナンバーなど信じられないような高額で売買されます。日本でも「八」は末広がりということから喜ばれますね。

話はスズメに戻りますが、この八月の半ば前いつも散歩している3環路から4環路近くの道路沿いの民家で少女が捕まえたスズメをペット代わりにして遊んでいる光景に出くわしました。
スズメを捕まえたのはきっとその家の父母または祖父母だろうと思います(昔取った杵柄?)。スズメは用心深く人にはなかなかなつかないものですから、小さな子供には決して捕まえられるものではありません。僕も少年時代レンガを積んだ仕掛けをこしらえてはずいぶん狙ったものですが、一度として成功したためしはありませんでしたから。
このような光景を目の当たりにして、ふと日本の昔話「舌切り雀」を思い出しました。

それは鎌倉時代の「宇治拾遺物語」に出てくる話で、学校の教科書かなにかでも出ていて皆様もご存じだろうと思いますが、 「老爺が助けたスズメに老婆が障子の張り替えに使おうとしていた糊(ノリ)を食べられ怒って、スズメの舌を切って追い出します。心配した老爺は追って山へ行くと、スズメたちは恩返しにご馳走してくれたり、踊りを見せてくれたりして歓待してくれました。
またお土産として大小2つの『つづら』のどちらを持って行くか聞かれ、小さい方を持って帰り家に着いて中を見てみると小判が詰まっていました。欲張りな老婆は、大きなつづらをもらおうと雀の宿に押しかけ、大きい方を強引に受け取って、帰り道で開けてみると中には妖怪・虫・蜥蜴・蜂・蛙・蛇などが詰まっており、老婆は腰を抜かし気絶してしまう」というお話です。

北京の街の中、スズメが捕まって子供の遊ぶおもちゃにされていることに驚きましたが、やはりスズメに対しての「舌切り雀」の老爺ではありませんが、可哀そうに思いました。でもどうしてもやれませんでしたので、その日は家に帰りました。
次の日同じ道を通りその家の前を歩いたのですが、少女の姿こそ見かけたのですが、すぐに家に入って行ってしまったのですが、もう少女はスズメとは遊んでいないようでした。その後何度も注意して少女を探したのですがしばらく、スズメと遊ぶ少女とは出会うことがなくなりました。
この次まだスズメを連れていたならば、正直なところなんとかスズメを助けて、動物報恩譚、スズメの恩返しにありつこう、浦島太郎ではありませんが助けた亀に連れられて、竜宮城でタイやヒラメの舞い踊りを見れるようになればなどと夢想したりもしました。
残念ながらスズメのお宿は小さすぎて泊まることができず、日帰りになるかもしれませんが。また、スズメのくれるお土産はやはり小さな「つづら」にします。また、竜宮城のお土産の「玉手箱」のようなものをプレゼントしてくれてもそれは有難く辞退しようと考えています。
皆さんはそんな場合どのようになさいますか?きっと僕と同じでしょうね。

[photo] 北京の雀 >>

2012年10月5日 記

いよいよ発売!瞳みのるの新譜

『一枚の写真/楽しい時は歌おうよ』10月23日から、瞳みのるの新譜のCD+DVDの、『一枚の写真』/『楽しい時は歌おうよ』を発売します。作詞作曲は瞳みのる、『一枚の写真』の作曲は森本太郎です。
前者は、二歳の時に亡くなった僕の母への想いを、一枚の写真を通して表現した曲です。
後者は、「Sing Whenever You Like」と英語のタイトルをつけましたが、「どんなときでも元気を出して歌おうよ」という思いから創りました。

価格2000円(税込)
当ホームページにて、10月12日より購入予約受付開始いたします。
11月19日、当日、中野サンプラザ会場でも発売します。
その後は、前回同様、山野楽器などの販売網でも発売の予定です。

2012年10月3日 記

新譜「一枚の写真/楽しいときは歌おうよ」(DVD+CD)発売お知らせ

「一枚の写真」「楽しいときは歌おうよ」
僕の新譜「一枚の写真」「楽しいときは歌おうよ」の2曲入りDVD+CDが10月23日発売の予定で制作を急いでます。
販売価格、販売方法などは決まり次第追ってお知らせいたします。
皆さん、今しばらくお待ちください。


2012年10月1日 記
以降のMessage 以前のMessage



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「THE TIGERS 2013 LIVE in TOKYO DOME 」DVD