message

メッセージ from ひとみみのる


「意外之中的意外」(意外中の意外)

2017年4月15日(土)1:53付、早朝、僕の友人・櫻井澄夫さんのメールを見て、余りの突然の出来事で眠気は完全に吹き飛んだ。
「人見さん
今日(14日)の夕方、櫻井雅人が自宅で倒れ、死んでいるのが発見されました。
死後10日くらい経っているようです。
独り暮らしでしたから、だれにも正確な事情が分からず、明日、解剖に付される予定です。
家族葬にして、一般葬はやらない予定です。
つれあいはもう10年近く意識がなく、入院中です。ですから彼女には このことが理解できません。
10日ほど前、電話で話し、元気でした。
櫻井」


続いて、15日正午、櫻井さんから電話を貰った。僕としては、きっとご遺族の方は余りにも思いがけないことなので、その対応に追われて電話などかける暇もないのではと思っていた矢先だったので意外った。僕はその時、彼に何と言えばいいのか分からず、ありきたりのお悔やみを言うのが精一杯であった。


更に、17日(月)3:24付のメールを彼から貰った。
「人見さん
おはようございます。
一昨日、警察が兄の解剖を行い、死因は脳梗塞だということが分かりました。自宅で倒れて、しばらく生きていたようですが、たぶん誰も呼べず、電話もできなくて、死んだようです。10日ほど経って発見されたわけですが、独りさびしく、遺言もなくあの世に行きました。私は最近、出版社と兄の本の出版の交渉をしたりしていました。本人は元気だったので、みな驚いています。
いずれにせよ、いろいろお世話になり、ありがとうございました。声をかけていただき、いつも本人は喜んで、出かけていました。兄嫁や子供が側にいたら、こんなことには、ならなかったのかも知れませんが、やむをえません。多くの人にとって、人生は未完で終わるのでしょう。
北京の本も、完成までもう一歩です。よろしくお願いします。
櫻井澄夫」


4月17日(月)15:25付で、僕は次のようなメールを櫻井さんに送った。
「櫻井さん
ご愁傷さまです。
お兄様ご逝去、衷心よりお悔やみ申し上げます。
窺い知れないところで地道に、粘り強くお仕事をされておられることに、いつも敬服しておりました。
もう10年近くになりますか、僕が明治の唱歌に強い関心を持っているということから、櫻井さんがそれならばそれを研究している兄に紹介するよということで、確か最初自由ケ丘から電話をおかけしました。それがお兄さんとお付き合いさせていただくきっかけとなり、今でもそのことがまるで昨日のことのように懐かしく思い出されます。
その後、如水会館では拙著の出版記念会にお出で下さり、唱歌のお話を壇上 でご一緒させて貰い、会に花を添えて頂きました。僕の方からは何も学問的にはお力になれませんでしたが、その後唱歌・童謡の道を歩む際にどれだけ参考になり心強く思ったか、筆舌に尽くせません。そのお礼もきちんと出来ないまま、彼岸へと旅立たれました。
ここに改めて深く感謝申し上げます。
少し色のついた眼鏡の奥の研究者としての鋭い眼差し、忘れられません。それでいて、常に優しい心配りのできる方でした。
僕より3歳上、まだまだこれからお仕事を大成されると思っておりましたのに残念でなりません。
櫻井さん、さぞ落胆されたことでしょう。
あなたが『多くの人にとって、人生は未完で終わるのでしょう』と言われるように、僕にもそのように思えます。『何をしてもきっと道半ばで、命尽きるのでしょうね。』
でも、お兄さんはまだまだ、これからだと思っておりました。言っても詮方無いことです。
ご冥福をお祈り申し上げます。

ひとみみのる 合掌」

2017年4月18日付、『朝日新聞』朝刊に
以下のような訃報記事が載った。

桜井 雅人さん(さくらい・
まさと)=一橋大名誉教授・英語
学)14日、東京都町田市の自宅
で亡くなっているのが見つかっ
た。73歳。葬儀は親族で行う。
英米歌謡民謡論を研究。作者
不詳とされていた小学唱歌「あ
おげば尊し」の原曲が、19世紀
に米国で作られた「卒業式の歌」で あることを11年に突き止めた。


『ロング・グッバイのあとで』出版記念会 
2011年2月25日 如水会館にて
2017年4月21日

「櫻花」(さくらばな)

「唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ」
『古今和歌集』『伊勢物語』に登場する平安初期の歌人・在原業平の和歌で、「杜若」(かきつばた)を観賞した折、その花の5文字を句頭にして詠んだという。

今日は未明(3時半ごろ)に目が覚めたが、その後いっこうに眠れない。そこで、今を盛りと咲き誇る桜のことを思い、闇の中ひたすら夜明けを求めて「枕中散策」に出かけた。ただ、詠むだけでは能がないと考え、先の業平よろしく「桜花」(さくらばな)の5文字をそれぞれ頭にして短歌を詠んでみた。

「桜木と 比べてみるか 爛漫と 遥かに霞む 菜の花畑」
気に入らない。
「咲き競い 比べてみるか 爛漫と 遥かに霞む 菜の花畑」
「咲く桜 比べてみるか 爛漫と 華やぎ競う 菜の花畑」
同工異曲、菜の花畑が頭から離れない。そこで、発想と視点を少し変え、
「淋しさや 苦しさ越えて 爛漫と 花咲き誇る 名は櫻花」
と歌ってみて、漸く気持ちがそれなりに収まり眠りに就いた。

翌朝、起き出して、またふと「桜花」の歌が脳裏を過った。
「淋しさや 苦しささえも 楽観し 遥かめざして なおも歩まん」
何だか、人生訓めいたスローガン、標語のようである。でも、朝は人の心をいくらか洗ってくれるようだ。それでは、今日も更にその先めざして歩き進もう。

次の新曲のタイトルは図らずも、
「まっすぐに前だけを」(生き方の愚直さ、稚拙さ)
もう一曲は、来ぬ人を今夜も待つ「朧月」(おぼろづき)(春の季節おぼろに霞む月)
皆さん、「花鳥風月ムーンライトセレナーデ」5月6日公演のステージで、リリースします。 どうか聴きにお越しください。
各回とも楽曲構成が変化します。楽しんで頂けたら幸いです。

それはそうとして元へ。皆様もどうぞ「さくらばな」を用いて一首作ってみてはいかがですか。

追記:
「桜花下(おうかした)、桜香(おうか)を追うか 追わぬかは 
桜華(おうか)を愛(め)でて 謳歌(おうか)まずせん」

[photo]  桜、桜、桃 >>

 

5月6日(土)、5月7日(日)
山王オーディアム(大森) 最寄駅:JR「大森駅」

ひとみみのる 記
2017年4月9日






以降のMessage